SAITAMA アート GUIDE 100×α
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埼玉県の美術家たち ちょっと意外に思われるかもしれませんが、埼玉県には画家や彫刻家など、実はたくさんの美術家が住んでいます。 まず、関東大震災のあと、東京で被災した画家たちが次々と浦和に移り住みました。この頃、「鎌倉文士と浦和画家」などという言葉も生まれたほどです。そして昭和に入ると、須す田だ剋こく太たや四よ方も田だ草そう炎えん、 林はやし倭しずえ衛といった個性的な美術家がさいたま市の別所沼周辺に集まり、話題を振りまくようになります。 戦後、これらの人たちが中心となって「埼玉県美術家協会」を発足させ、埼玉県美術展覧会(埼玉県展)を開催しながら若手を育てていきました。開催をきっかけに県内に点在していた美術家が集うようになり、それぞれの地元でも市展を開催するなど、地域に美術を根づかせるための草の根運動が活発に繰り広げられました。その甲斐あって1960年代から70年代にかけ、埼玉から数多くの美術家が輩出されました。 1970年代になると地方出身の若い美術家たちが、自然に恵まれた環境の残る所沢や入間、飯能などの西武線沿いに多数移り住むようになりました。このころから美術の世界では美術家団体に属さず、画廊で個展を行う人たちが増えてきます。彼らは県展や市展には出品せず、都内の画廊での発表に力を注ぐようになりました。 1980年代に入ると世の中はグローバリズムの時代に入ります。国際的に活躍するアーティストが次々と来日、逆に日本の美術家も海外で注目されるようになりました。埼玉の若い美術家もまたしばしば海外で紹介され、評価が高まっていきました。 ところがこうした美術家は、都内や海外では盛んに発表していたものの、県内で展示する機会はあまりありませんでした。そのため今日では、国際的に知られる美術家が近所に住んでいても、地元ではほとんど知られていないという不可思議な状況が起きています。 みんなで近所のアートスポットを訪ねてみましょう。Ⅰ©KOJI IIJIMA

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